●エロとゲームとオレ
先日、WEB拍手でこんなコメントを頂いた。
「いつも見ているのですが、「エロ紳士」を名乗る割にあんまりエロくないですよね!」
どうだろう、他の読者の皆さんもそんなことを思っているのであろうか?
確かに、おいらは「エロ紳士」を自称している。
ちなみに、リアルでも自称している。
ギルメンもおいらのエロ紳士っぷりはよく評価してくれていると思う。
主に「エロ」に関しては。
そして唐紅という人間は「エロ紳士」であると同時に「エロスの探究者」でもある。
エロとエロスは似て非なるものであるというか、個人的にはエロス>>>越えられない壁>>>エロである。エロスはエロの上位に存在するものである。
さて、当ブログでのエロ成分はお世辞にも多くない。
これには当然理由というか、思想が働いているからである。
まず、言っておくが、
唐紅という人物は むっつりスケベ である。
だが、自信を持ってむっつりスケベをやっているつもりである。
むっつりと言っても「エロゲー」と呼ばれるたぐいのゲームをしたことは、今までの人生で1度しかなく、おそらくそれが我が人生最初で最後のエロゲである。ちなみに作品名をあげると「CLOSS†CANNEL」である。
最近だと、昨年の夏に我が高校時代からの友人でありコテコテのエロゲヲタクである友人M氏、いいからやれと「Fate」を押しつけられそうになったが、既に同棲を始めることも決まっていた点が大きいが全力でお断りした。
もっとも、押しつけられてもやる気がこれっぽっちもなかった。Fateは、いくらその手のゲームやらアニメにやらに疎いオレでも知っている。良く知らずにいい曲だなぁと思って聞いていた曲がもろにFateのOPテーマだったことは比較的記憶に新しい。が、だからこそ捻くれ者的には手を出してはいけないと考える作品なのである。
話を元に戻して、最初で最後となるエロゲをやるにはやったわけだが、どうも、俺はやっぱり2次元的なエロ絵に耐性がないらしく、それが絡むエピソードはほとんど読み飛ばしたせいか、全く印象にない。むしろ、男性キャラである桜庭との別れのシーンでの涙腺崩壊度の異常さはすごく心に残っている。・・・言っとくがそっちの気はないぞ。やったことある人だったらきっとわかる。
2次元的な年齢指定クラスのエロは本当に耐性がない。まだ世の中がテレホターイム!とか言っていた時代に、ふとした事故でエヴァンゲリオンの同人エロサイトにたどり着いてしまったことが精神的トラウマになっているくらいであるし、たまにグーグルでイメージ検索すると何故だか紛れ込む2次エロ絵なんかは、自分にとってはほとんどブラクラもんである。しっかりフィルタリングしてくれgoogle!
しかし、例え2次元的なものでも、年齢指定のないクラスのエロはむしろ大好物なものも多い。mabinogiで言うとナオが現れる時に一瞬だけ見えるパンチラとかは大好物である。なお、ずっと見えていたら興ざめものである。
チラリズムにも似ているが、そんな程度の浅はかなものではない。
突き詰めて言えば、直接的な「エロ」に価値など無い。AVの好みだの語るのは、所詮その程度の価値、つまりは「性欲を満足できればいい」という程度の俗物的な価値しか見出してない証拠だ。
とはいえ、単純に「性的興奮」を助長させるだけの作品などは決して嫌いではなく、むしろ先日隠していたエロDVDを盛大に捨てられていた事実が発覚した際には、全力で打ちひしがれたくらいである。
性欲という本能を満たすのは単なるエロでも構わん。
だが、エロスはそんな簡単に体現できるものではない。それはエロスを感じさせるには「芸術的な要素」が必要であるからだ。
芸術とは美を追求するものであるが、そもそも美とは個々人の主観的な形でしか評価ができない。
そして我が思想において、
愛とエロスは隠れ忍ぶものである。
よって、もろに卑猥な表現をすることを良しとしない。
適度に隠れている方がいいのである!
ちなみに、無修正よりも黒塗りやモザイクや薄消しがいいとかそういう意味ではない。生物的な芸術問題の話である。
2次において言えば、汗とか汁とかその辺のものにまったくもって生物的芸術が感じられない。なんでもかんでも大量に書けばいいというものではないのである。受け付けられない理由はこれである。。(というか現実味がなくてむしろ気持ち悪い)
また、薄着がいいというわけでもないし、露出度が高いだけではいかんし、胸だってでかけりゃいいというもんじゃないのである。唐紅がDカップを至上とする理由も正にここにある。
最近の二次キャラはそんな方向にばっかり走って、ゲームやマンガ、WEB上なんてMMORPGの広告はそれこそそんなんばっかだが、はっきりってあんなものには1mmのエロスも感じられん。
マビノギで言えばパンツ服なんていらん。ヒーラードレスのスリッドの方がよっぽどいい。
そこはかとなくエロい。
これこそが、我が究極的なエロの像であり、エロスを感じるものである。
したがって、当ブログにおいても個人的に過度の直接的表現をしたのは、過去に超絶神ストーリーでただの1回、超絶神のキャラクターを確立するために用いたことのみであり、唐紅として文章を書く際には一切の直接表現を行っていないのである。
適度にエロい程度で、めちゃくちゃエロいになってはいかんのである。これこそが究極のエロであり、エロスに最も近いものだと思う。
全力で前面に出すときは、本当に「隠れ忍んで」いるときだけでいいのだ。
と、書くだけ書いたが、こんなことを真面目腐って力説するのはきっと、世の中でオレくらいのもんであると思ったことろで逃げ。
コメント
芸術性が必要ってところ、なんだか共感しましたよ!
やっぱモロはただ「やらしい」だけになっちゃって、品がないと思うのです。
ちなみに私、実は「そこはかとなくエロス」を日ごろ目指してるのですが、見えすぎても見えなさ過ぎてもダメーみたいなバランスが難しいっす。
Posted by: 勇吹 | 2008年05月14日 12:21
>見えすぎても見えなさ過ぎてもダメーみたいなバランス
そこは難しいとですね。結局、個人の尺度での判断にしかならんですから、自分は、「おお、これいい」と思っても、他の人がそうだとは限らんですからのぉ。
見えっぱなしは論外としても、おいら的には普段隠れててちょっとしたことで一瞬だけ見える、いわゆるチラリズムの原理はかなり多くの方に通用するので、あとはそこに芸術的な部分を着色すれば、多くの方に「そこはかとなくエロス」な認識を与えられるのではないかなぁ、と思います。
まあ、あれっすよ、傍にいる人に「そこかとなくエロス」と思われてればよかと思いますですよ!
Posted by: 唐紅 | 2008年05月14日 12:55
私は『見えそう!でも絶対見えない!』っていうほうが好きかな(ぇ
そういう意味では、私も「そこかとなくエロス」寄りの考えなのかも。
とはいえ、結局こんなのは個人の趣向の問題ですからね~。
モロにこそ「そこかとなくエロス」的な芸術性を見出す人だっているかもしれないし、ある種永遠のテーマと言えなくもないかもしれませんね。
むしろこんなことだからこそマジメに力説して、色んな意見を聞いてみるのも面白いかもしれませんよ?
・・・ハッ!
いっそこの議題をKarakureTVでうわなにをするやめくぁwせdrftgyふじこlp
Posted by: オルヴィエ | 2008年05月15日 01:53
>『見えそう!でも絶対見えない!』
これはわかる!
ちなみにおいらの知人には「見えそうなのを、手などで隠しているその姿がいい(例:階段でスカートを抑えている女性)。見えるか見えないかはどうでもいい」という人もいます。
たぶん、話し出したら本当に止まらなくなるくらい、多種多様なものが出てくるんじゃないかなぁ
面白そうだから機会があったらやってみたいですなw
Posted by: 唐紅 | 2008年05月15日 09:03
チラリズムって大事ですよね。わかります。
あのこうなんていうかみえそうでみえないのがチラっといきそうでいかなくて…
みたいなのっていいです。たまらんのです。面白いです。
これがエロスってやつなのか!勉強になります。
と、チラリズムにわっほい!しつつも、
こうイラッとするときもあるわけで
> 例:階段でスカートを抑えている女性
これに関しては、潔さが足りないと思います。
もうね、エロスもいいんですけど、こういうのに関しては
もう自分でスカート短いのはいてるんだから諦めろと
隠すならみられたくないものが隠れる程度の長さのスカートはけよと、
いいたくなるわけです。
Posted by: のるら | 2008年05月16日 10:06
>> 例:階段でスカートを抑えている女性
>これに関しては、潔さが足りないと思います。
うむ、そりゃそうだ。
でもまあ、これは女性心理を考えるとなかなかそそらられるんですぜ?
「見せたい→けど見せたくない」
この心理から生まれいずるこの行動、
その根源は・・・
「恥じらい」!!
これですよ、エロスを生みだす重要なファクターですよ!
やっぱり女性美には恥じらいが必要なんですよ。羞恥心をなくした女性なんて本能丸出しの男と大差ねーっす!
Posted by: 唐紅 | 2008年05月16日 12:17