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    2007年11月26日

    ●大人のマナー!っていうあのCM自体がマナー違反だと思う

     昨日は、日中に急な仕事が舞い込んできて、いよいよ年末らしさを感じてきた唐紅です。

     そんな中、夜はモリアンでの演奏会を聴きに開始5分前からサブPCで会場の端にキャラクターを配置しつつ、当の中の人はメインPCで仕事をしていたりした。
     で、開始してからふと会場に目をやると、あれ?これモリアン??と、目を疑うほどの人、人、人。みる茶さんなど、他鯖から訪れた方もかなりの数がいたようだ。
     サブPCとはいえ、チャットまできつくなるほど重いと感じるのはモリアンではせいぜいデザドラ戦くらいなものだったが、いやはや、モリアンでこれほどの規模になるとは予想していなかった。

     とはいえ、仕事におわれて前半と後半はほとんど画面を見ていなかった。中盤あたりで仕事の休憩がてら長い時間目を戻したのだが、その「ほとんど見ていない」状況でも、明らかに少々他よりも発言が多く目につく方がいらっしゃった。


     ここ最近、先行鯖の大規模演奏会を中心に、よく演奏会にいくようになったのだが、当然みんながみんなマナーのいい人間ではない。

     多くの場合、演奏会では「清聴すること」、「演奏している方に迷惑がかからないようにすること」が最もなマナーだとされているし、後者はルーリングされている場合もある。
     が、観客が集まればそれだけ多様な人物が集まるわけで、数時間の演奏会の中でずーっとオープンチャットで発言しまくりな方もいれば、おいらのようにほとんど喋らないで、例えばウケ狙いのネタや、演奏している方がこちらへのアクションをお願いしてくる場合にのみ何か発言する程度の人もいるし、拍手の「ぱちぱち」だけの人、もっといけば今回のおいらのように一切のオープン発言をしない人もいる。

     平和ボケしている我々日本人は、どうしてもマナーとルールを混同するが、マナーというのはそれぞれで尺度が違うため一観客が促したところで強制力もないし、そもそも他者に押し付けるものでもない。元来自己の中で見出すべき「他者を思いやる気持ち」であり、誰が何を言ったところで本人に自覚がない限りは変化することもない。(※)
     故に、ここでおいらはそのマナーについてとやかく言う気は1mmもない。


     今回の場合、目についたのはなんてことのない発言ばかりだが、大勢の前でそういった行動をとるのは自己顕示欲という欲求を解消している行動にすぎない。
     もっとも自己顕示欲の観点から言ってしまえば、演奏している人にも、我々ブロガーにも大小個々に違いはあれど言えることで、ある種の仲間である。

     だからこそ、その仲間として自覚してもらいたいのはマナー云々ではない。
     
     自己顕示欲が強いということは言い方を変えれば「自身のなんたるかを他者に晒したい」ということであり、晒したものからは様々なことが垣間見える。
     それらの行為は言ってみれば、成績表やテスト結果の用紙をばらまき、「私はこの程度のレベルの人間です!」と叫んでいることに近い。
     ならば、せめて見せかけでも見栄えの良いものを用意する努力をするわけであるが・・・

     さあ、はたして、
     万人の評価というものにおいて、演奏会でのそれは、どれだけ見栄えがいいものか。
     是非、その点を考えてみてもらいたい。


    ※ この辺はいわゆる最近話題の「空気を読む力」が関わるわけだが、かといってそれがないのがそんなにもいけないことなのかと言われると、それはYESとは言いかねる。
     ま、おいらが多数より少数や他とは違うものをとる、いわゆる我が道を行くアウトサイダー的な捻くれ者ってのもあるわけだが。


     以下シークレットでコメントいただいたので追記


     厳密に「自己顕示欲がない人間なんていない」のだと思います。
     正確に言えば、「ない人間がいるとしたら、その人は人間社会に一切の興味がない」人であると思います。社会の中で自己の存在をアピールすることを捨てたら、それはもう社会と関わることを拒絶しているようなものでしょう。人と関わるには多かれ少なかれ、必ず自分をアピールしなくちゃいけないことがあるはずです。
     それを捨ててしまうのは・・・人間として生きることを捨ててしまうのと同議じゃないでしょうか。むしろ霊長類ヒト科なのかも怪しいもんです。

     自己顕示欲という言葉も、ブログ文化、特にmixiやプロフといったSNSという「自己顕示してなんぼ」なものが流行りだしてからは、ところどころで目につく言葉です。自分発信とは、これぞまさに自己顕示行動ですから当然ですが。

     しかし、同時に問題も山積することとなりました。
     昔から自己顕示欲というものが強すぎるのはあまりよくないともされてきました。いき過ぎた顕示行動は理解されることはなく、顕示欲が低い人に対し非常に不快にとられることがあるからです。
     例えば、犯罪を自慢げに語ること、自身が受け入れることのできないもの対して暴言を吐くなどいった行為がネット上で炎上したことは数多く、今だに後を絶ちません。この辺は情報リテラシーにも課川羅ることですが、彼らの自己顕示欲が行き過ぎた方向に走ってしまったための悲劇でもあります。

     最近ではそちらの悪いイメージが先行して、「自己厨」や「自慢厨」などと同一視されますが、「自己顕示欲が強い人」と「自己中心的・自慢大好き」というのは、傾向として多いだけであってイコールで結ばれるべき内容ではないでしょう。自慢大好きさんは自己顕示欲が強いっての100%成り立ちますが、逆は100%ではないはずです。(僕はご覧のとおりの「=」で結べる部類なので、少々説得力にかけるかもしれませんが、例えばそうだなあ・・・リンクして頂いてる方々の多くは、純粋に自分発信としてブログを使ってる方が多いと思います)

     だから、「自己顕示欲が強い」というのは決して貶しているわけじゃありませんし、当然自虐的な意味で使っているわけでもありません。
     ベクトルさえ人の癪に触らないように・・・といっても、万人に対し絶対にというのは無理なので、できるだけっていう意味合いですが、そういった形で自己顕示する分には全く問題はないというか、むしろ正しいコミュニケーション手段の1つのあり方ではないでしょうか。

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